平成14・15・16・17年度 環境省請負業務 日中クロツラヘラサギ共同調査
(平成16・17年3月および17年7月 財団法人日本野鳥の会)より抜粋、一部改変 |
クロツラヘラサギ Platalea minor は全長約75cm、体重1,500g〜2,200gのコウノトリ目トキ科の野鳥です。東アジアにのみ生息し、全世界に約1,400羽しかいない世界的な絶滅危惧種で、IUCNのレッドリストでは絶滅危惧種(Endangered)、環境省のレッドデータブックでは絶滅危惧TA類に指定されています。
クロツラヘラサギの個体数は、1980年代に初めて調査が行なわれて以来増加傾向にあり、2005年1月に行なわれた世界一斉調査では約1,400羽が確認されています。一方、2002年12月から翌年1月にかけて、最大の越冬地である台湾においてボツリヌス菌による大量死が起き、73羽が中毒死しました。
今後このような大量死が、総個体数の約50%が越冬する台湾や、約20%が越冬する香港で起きた場合は、種の絶滅につながる可能性があります。よって、クロツラヘラサギの種の存続を確保する上では、香港や台湾の越冬個体群とは別の渡り経路を利用している可能性が高い、日本の越冬個体群の保全が非常に重要です。また、渡り鳥にとって中継地はなくてはならないものであり、特に渡りに不慣れな若鳥や体力の弱っている個体にとっては、中継地の環境は生存率に影響します。しかしながら、クロツラヘラサギの日本の越冬個体群については、その渡り経路や中継地についてこれまで十分な調査がなされてきませんでした。
これらのことから、(財)日本野鳥の会では、環境省請負事業として平成14年度から平成17年度までクロツラヘラサギの衛星追跡調査を行い、渡り経路や中継地の把握を実施しました。
「衛星送信機を装着したクロツラヘラサギ」
世界一斉個体数調査
クロツラヘラサギの生息数については、香港観鳥会(Hong Kong Bird Watching Society)が中心になって、毎年1月に世界で一斉に調査が行われており、国内については日本クロツラヘラサギネットワークが中心となって調査を行っています。その結果、韓国、日本、中国東南部、台湾、香港、マカオ、ベトナム、タイで越冬することが明らかとなっています。
2006年1月に行われた調査では、全世界で1,679羽が観察され(Yu 2006)、一斉調査が始まった1997年に確認された509羽から右肩上がりに個体数は増加しています。(図1)その理由としては、普及活動の結果として観察者が増えて観察される機会が増えたこと、これまで知られていない越冬地の環境が悪化して従来から知られている越冬地に集中化してきたことなど、様々な理由が考えられています。しかしながら、繁殖地での調査が困難であることなどにより、確かなことは解っていません。
国内の越冬個体数については、2006年1月に行われた調査で155羽が確認されました(図2)。1997年に確認された28羽から、右肩上がりに増加していますが、2003年以降は個体数が150〜160羽で推移し、横ばい状態となってきています。
図1「世界の越冬個体数の変遷」
図2「国内の越冬個体数の変遷」
渡り経路の追跡調査
渡り経路の追跡には、越冬地でクロツラヘラサギを捕獲して送信機を装着し、アルゴスシステムを用いた人工衛星による追跡調査を行いました。捕獲調査地は、追跡可能距離と捕獲時の安全性等を考慮し、沖縄県豊見城市具志干潟周辺としました。
ロケットネット法により、平成16年3月に2個体、平成17年3月に10個体を捕獲し、前者は2個体とも、後者はうち3個体に送信機を装着したほか、捕獲された個体すべてに金属足環および目視で個体識別のできるカラーリングを装着しました。

「色足環と送信機を装着したクロツラヘラサギ」(撮影:金城道男)
人工衛星を利用した追跡調査の結果
送信機を装着した5個体のうち、4個体は朝鮮半島にある繁殖地まで、1個体は九州に至る途中の種子島まで、追跡することができました。(図3)
追跡した個体の多くは、一気に九州の有明海沿岸、もしくは朝鮮半島南岸の湿地まで渡り、その後朝鮮半島南岸の湿地や西岸の湿地を利用して、最短5日間ほどで約1,400km離れた繁殖地に達したことが確認されました。これは気象条件が良いとき、もしくは成鳥などの渡りに慣れた個体であったと考えられます。一方で、気象条件の悪いときや、弱齢で渡りに慣れていない個体などは、沖縄から九州、また九州から朝鮮半島の間にある島を中継地に利用することがあることも示唆されました。また、中継地での滞在日数については、1日だけ立ち寄る個体と、1週間以上立ち寄ってから次の中継地に飛び立っていく個体とがありました。
このような渡り時期や期間の違いは、以前に台湾や香港で行われた追跡調査で指摘されたように、成鳥は早く短い期間で渡って早期に繁殖を開始し、若鳥は遅い時期から長い時間をかけて渡り、遅れて繁殖を開始するというパターン(Ueta et al. 2002)を裏付ける結果だと考えられます。
また、特に平成17年に追跡した3個体の結果から、越冬地で見られる群れ行動は渡り期には解消される傾向があることが示唆されました。
図3.衛星追跡した個体の移動経路
足環の観察情報から得られた渡り経路
捕獲した個体にはそれぞれ、環境省標識調査の金属足環と、遠方からの観察での個体識別を可能とするカラーリング(色足環)を装着しています。カラーリングは、右足にアルファベットと番号の書かれた黄色のリングを、左足に色のコンビネーションで個体識別を可能にするリングを装着しました。これにより国内外の観察者などから、山階鳥類研究所や日本野鳥の会へ観察情報が送られてきます(表1) 。
今回の調査では、国内外から合計10個体についての観察情報が得られました。その結果、九州等で人工衛星による追跡個体が立ち寄らなかった新たな中継地が確認されました。また、捕獲された12個体のうち、8個体が同じ越冬地に戻ってきたこと、および海外での足環の観察事例から、越冬地は毎年同じ場所もしくは同じ渡りルート上の場所を利用する率が高いことも確認されました。さらに、越冬地を変える個体には、若齢の個体にその傾向が多く見られることも示唆されました。
表1.捕獲個体に装着した色足環のパターン
図4.色足環の観察から判明した春の渡り経路
図5.色足環の観察から判明した秋の渡り経路
繁殖地での行動
クロツラヘラサギの繁殖地は、朝鮮半島の北朝鮮と韓国の国境線である非武装地帯の離島、およびそれより北側に位置する北朝鮮西岸の離島、そして中国遼寧省の離島1箇所でのみ繁殖することが知られています(Chong 1999, Ueta et al. 2002)。繁殖は無人島の岩棚などに営巣しますが、巣作りはあまり得意でなくアオサギやカラシラサギの古巣を使うことが多いようです。一腹卵数は2〜3個で、雌雄交代で抱卵を行ないます。育雛期間は約40日で、この時に営巣地から最も近い湿地へ餌を捕りに行き、往復しながらヒナへの給餌を行ないます(鄭 他 1996)。
今回の調査では、朝鮮半島の北朝鮮と韓国の国境線である非武装地帯の離島を繁殖地として利用していることが確認され、また繁殖期間中の繁殖地と採餌場所の往復行動の一部が確認できました(図6)。
図6.繁殖地での行動パターン
渡り経路保全に向けた課題
クロツラヘラサギの渡りの中継地については、滞在期間が短く、観察の機会が少ないことなどからこれまであまりわかっていませんでした。春の渡りの際、成鳥はごく短期間しか中継地を利用しませんが、若鳥では中継地で長く滞在する個体やそのまま越夏してしまう個体がいるほか、秋の渡りでは成鳥も中継地で比較的長期間滞在するなど、中継地の保全はクロツラヘラサギの個体群の維持のために非常に重要な要素です。
したがって、今後は今回の調査で主要な中継地であることが判明した有明海沿岸や八代海沿岸、福岡湾、伊万里湾の湿地を始め、そのほか奄美大島や屋久島、種子島、韓国の済州島など中継地となる可能性のある島々の湿地についても環境状況を把握し、保全を図っていくことが、クロツラヘラサギの安定した個体群を維持していくために重要な課題となっています。
参考文献
Yu, Y.T. 2005. The International Black-faced Spoonbill Census: 21-23 January 2005. The Hong Kong Bird Watching Society.
Ueta, M. & Higuchi, H. 2002. Difference in migration pattern between adult and immature birds using satellites. Auk,119:832-835.
Ueta, M. et al. 2002. Discovery of the breeding sites and migration routes of Black-faced Spoonbills Platalea minor. Ibis,144:340-343.
Chong, J. & Pak, U. 1999. The breeding sites and distribution of Black-faced Spoonbills in the Democratic People’s Republic of Korea (DPRK). Conservation and research of Black-faced Spoonbills and their habitats. pp.5-9. Wild Bird Society of Japan (WBSJ).
鄭鐘烈・朴宇日・林秋淵・金徳山. 1996. クロツラヘラサギの繁殖生態. Strix 14: 1-10.