写真提供:(財)日本野鳥の会 

 ナベヅル Grus monacha は全長約100cmのツルで、世界に約10,000羽いると推定されています。また衛星追跡等により、中国の長江流域と、朝鮮半島から西南日本で越冬し、ロシアで繁殖することが明らかとなっています。現在は生息地の減少と環境悪化により、BirdLife International版のレッドデータブックで、絶滅危惧類II類に区分されています。
 ツル類の越冬地は減少しており、現在鹿児島県の出水への集中化が進んでいます。このような単一越冬地への集中化が進むと、伝染病の発生などが心配されます。このような状況の中、韓国南部の順天湾では、1996年にナベヅルの越冬が確認されました。順天湾は、朝鮮半島の南部の朝鮮海峡に面して位置し、湾内には広い干潟があり、湾奥は水田になっています。この新たな越冬地の環境条件や越冬生態を明らかにすることは、順天湾での保全対策を検討するためにはもちろん、今後、ナベヅルの分散策を検討する上でも重要です。そこで、日韓渡り鳥保護協力会合に基づき、(財)日本野鳥の会と韓国国立環境研究院は1998年より2001年まで継続して調査を実施しています。


>>この調査により次のことが明らかになりました<<
個体数
 1996年に約60羽が確認されてから、1998年、1999年にいずれも約80羽が確認され、その後の調査では、2000年にはこれらの年と比べて約30羽多い110羽、2001年にはさらに約20羽多い130羽のナベヅルが確認されました。

食物
 1999年には食物調査を行い、ツル類の食物として、水田に落ちているイネの種子が最も重要であることが示唆されました。また干潟でも採食行動が見られることから、干潟の底生生物を採食していることが考えられますが、消化されてしまうためか糞分析では検出されませんでした。

主な採食地
 主な採食地は干拓地の水田でした。1998年の調査では、すべてのツルが同一の群れとして採食していましたが、1999年の調査では、家族群による採食なわばりが形成されつつあることが推測され、2000年、2001年の調査では、家族群によるなわばりが安定してきている事が確認され、越冬地としてはより安定してきていることが示唆されました。

ねぐらおよび休息地
 日中の行動としては、主に水田で採食し、休息または避難場所として干潟に移るという行動を繰り返していました。ねぐらおよび休息場所は、干潟内の浅く水が溜まった場所にとっており、干満の水位が変動することなどの理由から、ねぐらの位置は日によって変えていると考えられます。


>>保全上考慮すべき事項<<
 順天湾をツル類の越冬地として保全していくために重要なことがらを次に挙げます。
 順天湾は越冬地としての歴史が浅く、安定した越冬地として定着しているとは言い切れません。現在は、生息環境を保全しつつ、越冬地としての定着を図ることが最大の課題と言えます。

人による攪乱の排除
 採食地が水田なので、農家に協力を求めて越冬期間中の農作業や農道整備を極力控えてもらうことが必要です。また、観光地として有名になるに従い、観光客の増加が目立ちます。カメラマンなどによる攪乱を防ぐためにも、観察舎などを設け、ツルの生活に影響の少ないように観察できるようにする必要があります。

温室設置場所の制限
 韓国では、冬期の青野菜栽培のため、ビニール温室が急速に拡大してきました。ビニール温室は水田の中に設置される場合が多く、水田を採食地としている水鳥類に対して大きな影響を与えている可能性は大きいと思われます。可能な限りビニールハウスを増やさないことが必要であり、行政機関が対応する必要があります。

狩猟の禁止
 狩猟禁止区域であるにもかかわらず違法狩猟が行われているため、常時レンジャーを配置するなどの監視体制の充実化や、厳しい罰則を設ける必要があります。

給餌
 越冬個体群を定着させる方法として、食物を確保するための給餌は有効と考えられます。収穫量が少ない年などは、採食地域のなかで最も利用頻度が高い場所の食物が減少してきた頃に、水田に給餌を行い、越冬期間中の定着を図ることが考えられます。

ねぐらの確保
 順天湾のナベヅルは、干潟をねぐらや休息地として利用しています。干潟のねぐらとしての適性についてははっきりしていませんが、日時によって変化する潮位のため、ねぐらとして適した場所が限られることが考えられます。潮位に関係なく、ねぐらとしての条件をそなえた場所を確保することができれば、越冬個体群の定着のために有効と考えられます。

普及教育プログラムおよび観察施設
 ツル類の越冬地として保全していくためには、地元や観光などのために来訪する人の理解が不可欠です。地元小中学校などを中心に、ツルの生態も含めた環境全体を視野に入れた環境教育を行うことや、観察施設でツルの生態について説明を行うことなどが重要です。


>>ワークショップ<<
 2001年2月には、日本側の研究者と韓国側の研究者が集まり、順天湾の地元の方々を対象にワークショップを行いました。日本からは、(財)日本野鳥の会研究センターの研究員2名、ツルの越冬地である鹿児島県出水と、山口県熊毛町からそれぞれ研究者が1名ずつが参加しました。また、韓国からは、ツル類の専門家2名、地理学者1名、現地住民数名、また地元NGOから多数の参加がありました。講演内容は、世界的なツルの現状から韓国国内の状況の説明、日本の越冬地での保護の歴史や方策、順天湾での調査結果に今後の課題等、充実した内容となりました。質疑応答の時間には、地元NGOのメンバーや住民から、多くの質問が出、特に日本の出水や熊毛町での保護策、また現在にいたるまでの経緯などについてみんな真剣に聞き入っていました。また、ワークショップの最後に行われた観察会では、日本の越冬地と順天湾の違いや、越冬地としての順天湾の重要性などが参加者どうしで話合われていました。


平成9〜12年度環境省委託 日韓ツル共同調査報告書
(平成10〜13年3月 財団法人 日本野鳥の会)より抜粋、一部改変